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樽の中に広がる癒しの宇宙 〜岐阜県大垣に伝わる「蒸気風呂」で蒸された日

伝統は今を生きる vol.25

こんにちは。フォトグラファーのたかつです。
僕が“サウナ好き”というのは、以前からこの場で発信していました。昔ながらの銭湯文化の復興に取り組む人を取材したり、三河木綿を使ったサウナハットを作ったり
今回取材したのは、200年以上前から一部の地域で伝わってきた“蒸気風呂”。現代ではスチームサウナに近いものだと思いますが、そんな日本古来の蒸気風呂を受け継ぐ温熱施設が岐阜県大垣市にあると聞き、早速行ってきました。


水の都、俳句の里、サウナーの聖地…岐阜県大垣市にある「田辺温熱保養所」へ

目的地となる大垣までは、名古屋からJR東海道本線に乗って約30分。
大垣市は日本列島のほぼ「ど真ん中」にあり、県庁所在地の岐阜市に次いで岐阜では2番目に多くの人が住んでいる土地でもあります。地下水が豊富なため「水の都」と呼ばれており、俳聖 松尾芭蕉が旅を終えた「むすびの地」としても有名です。今回は泣く泣く行きませんが「大垣サウナ」というサウナー垂涎の有名スポットもあります。
そんな大垣にある日本古来の温熱施設。移動中も期待値はどんどん上がっていました。

大垣駅からタクシーで約10分。

住宅地の一角に目的地である「田辺温熱保養所」はありました。
よく手入れされた垣根に囲まれた、平家建てのとても立派な建物です。近くに大きな看板は見当たらなかったので、知らなければここが温熱保養所とは分からないかもしれません。
道中、タクシーの運転手さんからは「最近遠方からも来られる方も多いですよ」とお話を聞きました。近年のサウナブームのせいか、先述の大垣サウナと「ハシゴ」して訪れる方も少なくないようです。

入口です。味わいのある看板におしゃれな今風の暖簾が印象的。

到着後すぐに、女将さんの田邉恵さんがお出迎えしてくれました。


何は無くとも、まずは樽蒸風呂を体験!

挨拶もそこそこのところで「まずはお入りになってください」と優しくご提案いただきましたので、簡単な説明を受けてからさっそく入浴することにしました。 ※浴場内の写真は営業開始前に許可を得て撮影しています。

脱衣所で服を脱ぎ、いざ引き戸を開くと…
いきなり目の前に大きな「薬草樽蒸しの樽」がありました。

樽には正面に屈んで入るサイズの扉が1つあり、内部は大人が数人立って入れそうな大きさ。浴場には他に、かけ湯が入った水桶、シャワー、休憩用の椅子しかないので圧倒的な存在感です。

天窓から自然光が差し込み、とても幻想的な空間です。なんでも取材した秋の季節の午前中は一番光が綺麗に差し込むのだとか。


かけ湯で体を清め、正面の扉を開いて樽の中に入ります。

…ほぼ、真っ暗です。

@田邉さまご提供写真

扉を閉めた瞬間、漢方とハーブの香りがする蒸気に包まれました。
とてもいい香り… 僕がお邪魔させていただいた日は、オリジナルブレンドの薬草に自家栽培のレモングラスのハーブが使われていました。

樽の内部に照明はなく、扉についている明かり取りから足元に少しの光が入ってくるのみです。
慣れてくるとぼんやり中の様子が見えてきますが、基本的には正面を見ても上を見上げてもほぼ真っ暗なので、次第にこの空間が広いのか、狭いのか分からなくなり、不思議な感覚になります。僕は「宇宙」を感じましたが「母親のお腹の中」をイメージされる方もいるようです。

@田邉さまご提供写真

入浴して約1分…
腕から大玉の汗が出てきました。
(あれ?思ったより早く汗がでてきたな…)

入浴して約3分…
(あっ、熱っっっっ!もう耐えられない!!)

1回目は6分で扉を開け、僕は樽から逃げるように飛び出していました。
よくあるスチームサウナをイメージしていたので、想像以上の熱さに最初は驚いてしまいました。

そして、通常のサウナならここで水風呂に入るのがセオリーですが、田辺温熱保養所に水風呂はありません。これは薬草の成分を洗い流さないようにと、先々代から伝わるこだわりとのことです。
体を冷ますために、浴場の脇にある椅子に座って小休憩します。

水風呂が無いのでもしかしたら物足りないかもと思っていましたが、熱った体が自然に落ち着いていくのが心地よいです。
体から熱がほどよく逃げるまで小休憩したら、また樽に入ります。

1度目より、2度目、2度目より3度目の方が熱く、3度目は3分と入っていられませんでした。その分、体が芯からあったまったような気がします。

樽と小休憩の往復を何度か繰り返した後は、シャツに着替えて休憩室へ移動します。

大垣の心地よい風がそよそよと吹き込む、田舎のお婆ちゃんの家のような休憩室です。
畳の上に毛布を敷いて、木の枕に頭を預けて仰向けに寝転びます。




気絶しそうなくらい気持ちがいいです。仕事で来ていることは完全に忘れてディープリラックスしてしまいました。

また、この休憩室では自分専用のやかんにあたたかいお茶が用意されていて自由に飲むことができます。あたたかいお茶の理由は急激な体温変化を抑えながら水分補給をするためだそうです。

風呂あがりのお茶は、心なしか甘く感じました。

(はぁ~。落ち着く。もう帰りたくない)
と正直思っていましたが、今回女将さんからお話も聞かせていただけることになりましたので、詳しく伺ってみたいと思います。


女将の田邉さんにお話を伺いました。

——すっごく、よかったです!体の芯からあたたまりました。早速ではありますが、こちらの施設について教えていただけますか?

女将:当施設は1946年に先々代が創業し、70年以上に渡り家伝として継承されてきた温浴施施設です。さらにルーツを辿ると1804年、当時大垣藩医だった江馬蘭斎が考案した「蒸気風呂」が元となっています。江馬蘭斎は美濃西洋医学の先駆者とされていて、あの杉田玄白から蘭方医学を学んだ方と言われています。江馬蘭斎が大垣で伝えた蒸気風呂を先々代が改良し、今の形として受け継いできています。

——そんなルーツがあったんですね…!田辺温熱保養所ならではの特徴はあるのでしょうか?

女将:日本百名山の一つで「薬草の宝庫」と言われる伊吹山麓の薬草と、無農薬自家栽培の薬草を10数種類調合し、それを大垣の天然水で煮立てて蒸気を発生させています。様々な効能があると言われていますが、冷え性、神経痛、関節症、腰痛、肩こり、打身など様々な症状の方にご利用いただいていますね。

——確かに、薬草の香りがものすごく鮮烈でした。それにしても立派な樽蒸し風呂ですが、素材は何でしょうか?

女将:蒸し風呂の樽は、今ではとても貴重となった「高野槙」を使った樽になります。蒸気が効率よく循環するよう緻密に計算された構造となっているんですよ。東京の池袋にあるサウナ&ホテル施設「かるまる」さんに当施設の樽を参考にしていただいた樽が1機ありますが、日本に同じような樽蒸し風呂はたぶん他には無いんじゃないかと思います。

——なるほど、ここでしか体験できない蒸気風呂なんですね。どういう方が施設に来られるのでしょうか?

女将:むかしからずっと来てくださっている常連さんが中心ですね。地元というより、少し離れた場所から定期的に通ってくださる方が多いです。先々代から続く常連さんには80歳を超えた方もいらっしゃいます。最近はありがたいことにサウナブームで、遠方から来られる若いお客様も増えてきています。いま当施設は完全予約制ですが、それもずっと来ていただいている常連さんに迷惑をかけたくないという思いなんです。

——常連さんが通う気持ち、分かります。そしてもっといろんな方に知ってもらいたい施設だと思いました。最後に、入り方のコツのようなものがあれば伺いたいのですが。

女将:今回お一人で入っていただきましたが、樽には最大3名入ることができます(社会情勢を鑑みての人数です)。中に誰もいない時には扉を少し開けてください。閉めっぱなしにしていると内部の温度がどんどん上昇してしまい、入れないほど熱くなってしまいます。
また、樽の中では基本的に立ったまま蒸気を浴びてください。時間は3~5分が目安です。無理をせずに熱くなったら樽から出て、浴場椅子か脱衣所で休憩をしてください。これを数回繰り返して、体を芯まで温めていただきます。
当施設では「入浴と休憩室での休憩で1セット」とカウントしていますが、これを3セット行っていただくと、体が完全に芯からあたたまりますのでおすすめです。ちょっと手順が多いので、初回の方には細かく説明をしてから入浴していただいています。

——ありがとうございました!


アットホームで唯一無二の温熱施設


その後、女将さんのご厚意でお庭で育てられている自家栽培のハーブも見せていただきました。ベースは先々代のレシピを使っているそうですが、最近は若い方の嗜好も考慮して女将さんの気分で+αの調合をしているんだとか。
「先々代が見たら怒っちゃうかもね(笑)」
そうお話する女将さんの笑顔がとても印象的でした。

また、施設にはシャツやタオル、ステッカーなどオリジナルアイテムを購入できるブースもありました。こちらはなんと、女将さんの息子さんによるデザイン。他にも旦那さんや娘さんも手伝いに来られていて、とてもアットホームな空気を感じました。

今回は取材ということもあり1セットしか体験できませんでしたが、本当に気持ちのよい施設でした。次回はプライベートで必ず再訪したいと思います。

サウナに行ったら水風呂に入ることが絶対だった僕ですが、水風呂がなくてもとても爽快な気分になりました。むしろこちらの方が体に負担が少ない分好きかもしれません。
伝統的な蒸気風呂だからこそ心と体に優しいのかもしれませんね。

田辺温熱保養所はご家族で切り盛りされていることもあり【完全予約制】です。ご利用される際はメールまたは電話にて予約をお願いします。


■田辺温熱保養所 ※完全予約制
岐阜県大垣市波須1丁目515−1
利用料金:薬草樽蒸し:大人2,000円・子供1,000円
※タオル・浴衣の貸与は行なっていませんのでご持参ください
TEL:0584-81-4528
URL:http://tanabeonnetsu.com/


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