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「四季の記憶を十七音に」 俳句と暮らす vol.01

はじめまして。
これから、この「みたすくらす」で、文と俳句を綴っていくことになりました、後藤麻衣子です。

わたしは今、編集者・ライターとして、岐阜を中心に活動しています。
現在は工業デザイナーの夫とふたりで、「株式会社COMULA」という小さなデザイン会社を岐阜で経営していて、わたしはライターとして、いろいろな会社さんやアイテムやサービスのコピーを書いたり、取材をして記事を書いたりする仕事をしています。

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岐阜出身、岐阜在住。4歳と2歳の息子と夫の4人家族です。
趣味は、俳句とキャンプです。


そう、「俳句」です。
わたしは俳句を書いたり、読んだりすることが大好きです。

毎日ちいさな俳句の種を収集しながら、それを五七五にととのえたり、ととのえなかったり。
また、小説を読むように、誰かの俳句を読んでそのストーリーに感動したり、妄想したり。
ときには句会に出て、好きな俳句のことを自由に語ったり。

そんな日々を楽しんでいます。


「俳句」って、どんなイメージですか?

俳句は、五七五の十七音からなる短詩です。
もっとも知られている俳句のルールは「五七五のリズムであること」「季語がひとつ入っていること」。

もちろん、これに限らない自由なかたちもたくさんありますが、このふたつのルールによってつくる俳句を「有季定型」と言い、一般的に俳句というとこのかたちを指すことが多いです。

「俳句が詠めるなんて古風だね」とか「高尚で風雅な趣味をお持ちですね」なんて言われることもよくありますが、実は俳句は、そんなに敷居の高いものではありません。
俳人は着物姿で短冊を片手に筆でスラスラと一句を書き留めている…みたいなイメージがあるようですが、そんなわけではなく、私は短冊も筆も持っていません。

俳句をつくっている人それぞれ、俳句に対する想いはあると思いますが、
私にとって俳句は日々の小さな感動や発見を綴っていく日記のようなものであり、それを誰かに伝える手紙のようなものであり、未来の自分へ残していく自分史のようなものだと感じながら、自由気ままに、自分らしく楽しんでいます。

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俳句の世界に入るきっかけになった本

わたしが俳句にハマったきっかけは、この本でした。

ピースの又吉直樹さんが、俳人・堀本裕樹さんに弟子入りし、弟子と師匠による対談形式で俳句のおもしろさ、奥深さを解いていく一冊。

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「芸人と俳人」又吉 直樹 / 堀本 裕樹 著(集英社)

ことばを生業とするおふたりの対話は読んでいてとても心地よく、すっと入ってきます。
お互いに謙虚でやさしい話し口ながら、俳句の謎を掘り起こし、俳句のおもしろさを炙り出していく展開に、すっかりのめりこんで一気に読んでしまいました。

又吉さんの問いかけは俳句初心者の気持ちそのもので、それを堀本先生がやさしく受け止め、わかりやすく解説し、導いてくれます。
読み終わるころには「俳句って、これでいいんだ」「もっと気軽で自由なものなのかも」と、ほっと胸を撫でおろしたことをよくおぼえています。

「俳句を読んでみたい」「つくってみたいかも?」と思っている人に、とてもおすすめの一冊です。
俳句とお笑いの共通点についてもたくさん語られていて、とてもおもしろかったです。


小説や詩を読むように、俳句を読んでみよう

俳句は、つくることばかりがすべてではありません。
もちろん、紙とペンがあれば今すぐはじめることができますが、「いきなりつくるのはハードルが高い」という人には、「読む」「鑑賞する」という楽しさも知ってもらいたいなと思います。

俳句は、五七五の、たった十七音。
「世界一みじかい詩」と言われています。

一句は十七音しかないので、ひとつの作品をわずか5秒ほどで読めてしまいます。
言い換えれば、すぐに読み切れてしまう、とても身近でシンプルな文芸作品。
そしてとても奥深くて懐の広い、やさしい芸術だと、わたしは思っています。

小説を書いたことがなくても小説を読むのが大好き!という人がたくさんいるのと同じように、俳句をまず「読んでみる」というのも、俳句の楽しみかたのひとつ。
鑑賞に、ルールも作法もありません。
「なんかこの俳句、好きかも…」という作品に出会えると、きっとそれが俳句への入り口になってくれるはず。

読むことが好きな人は、きっとつくるのもすぐに好きになると思います。

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俳句を読む方法はたくさんあります。

句集はもちろん、54人の作家による俳句作品がテーマごとに読めるアンソロジー『天の川銀河発電所』(佐藤文香著/左右社)や、俳句をモチーフにした漫画『ほしとんで』(本田著/KADOKAWA)などから入るのもおすすめですよ。


「かたちから入る俳句」も、いいかもしれない

わたし自身、趣味や好きなことは「かたちから入る」性格です。
ランニングが習慣化するまえにウエアやシューズをそろえたくなりますし、絵を描いてみようかな?と思ったら、何十色も入った色鉛筆を買うところからはじめます。

特にノートなどの文具が好きで、なにかを「はじめよう!」と思うとまずはアイテムをそろえることで気分を上げてから没頭していく…という流れが多いです。

でも、俳句を書くための「句帳」と呼ばれるノートや帳面は古風なデザインのものが多く、わたしが俳句をはじめたころは、心躍る句帳になかなか出会うことができませんでした。

そこで「ないなら、自分たちでつくってしまおう!」と思ってはじめたのが『句具』です。
https://ku-gu.com/

「句具」は、俳句をもっと楽しみたいと考える人のための、俳句専用文具ブランド。
俳句をつくる人のために仕立てた2種のノートに加え、季語をちりばめたポストカードや、季節ごとにめくっていくカレンダー、俳句を飾って鑑賞するためのカンバスなどがあります。

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俳句をつくるための、手のひらサイズのノート

句具のラインナップのなかで、いちばんコンパクトなノートがこちら。
思いうかぶ言葉を書き留めながら、俳句の五七五のかたちに整えていくための「作句ノート」です。

思いつくままに書けるように。自由な思考を邪魔しないように。
サラサラとした書き心地と、罫線をなくしたシンプルなデザインが特徴です。

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わたしは、俳句は縦書きにするとさらに美しくなると感じているので、右開きで縦書きを想定したノートにしました。

ノート面は、上部に一本ガイドラインがあるだけで、下はフリースペース。
でも、ガイドラインの間隔を参考にして書いていくと、1ページに7句の俳句作品を等間隔に書き留めることができるようになっています。

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ノートの表紙は、5色展開。
俳句にとっての季節の区分は、春夏秋冬に「新年」を加えた5季節なのですが、それぞれの季節の季語をお借りして、色の名前をつけています。

わたしは、秋になったら黄色の「月暈」を、冬になったらグレーの「凍雲」を…と、季節ごとにノートを使い分けています。

俳句はもちろん、一行日記や日々の記録に使ってくださっている方もいます。


まるで本をつくるように、作品を書き溜めるノート

もうひとつのノートは、完成した俳句をじっくりと書き溜めていける、日記帳のような「選句ノート」。
1ページに3句ずつ、たっぷりと余白を保ちながら、作品を主役にして書き綴っていくことができます。

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各ページにはページ数が印字されていたり、しおりがついていたり、目次や奥付があったり…と、ノートというよりまるで本のような装丁。

それでいて、パタンと180度ひらく製本なので、とても書きやすいです。

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俳句を書き写しながら鑑賞する、という楽しみかたも

俳句を自分でつくらなくても、写経のように書き写して楽しむ、という方法もあると思います。
私も、好きな俳人の俳句作品を、自分のノートに書き溜めています。

書くときは、お気に入りの万年筆やガラスペンをつかって。
その日の気分や作品に合わせて、インクの色を変えてみたりもしています。

仕事用のノートにパパッとメモを書き殴るのとはちがう、文字と丁寧に向き合う、とても心穏やかな時間でもあります。

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こちらは、わたしが大好きな池田澄子さんの句集『思ってます』から、ほんの一部を書き写したもの。
句の雰囲気に合わせて、今日はガラスペンで書きました。

こうして一文字ずつ丁寧に書き写していると、自分のなかで句に対する印象がふわっと大きくなっていったり、さらに深まったりしていくのが、とても豊かな時間だなあと感じます。


「季語」を知るほどに、季節感の解像度が上がる

もうひとつ、俳句に触れるときにぜひ知っておきたいのが「季語」。

いまの時季だと「紅葉」「柿」「どんぐり」などはいかにも秋の季語!というイメージがあると思いますが、実は年中見ることのできる「月」「霧」「流れ星」、食べものだと「レモン」や「夜食」も秋の季語です。
どこか夏の印象がただよう「枝豆」や「スイカ」は、実は秋の季語だったりします。

季語をひとつ多く知ることで、たとえばいつもの道から見える月が一段と美しく感じたり、スーパーで旬の野菜や果物に手が伸びたりします。
これも、私が俳句を書いていてよかったと思うことのひとつです。

句具のアイテムのなかにも、季語に触れることのできる「季寄ポストカード」があります。

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おもてには四季のイラストを、裏には季語を散りばめています。

季語は、四季の美しさはもちろん、その季節の気持ちよさ、おいしさ、目に見えない空気感などをキャッチする、アンテナのような役割をしてくれます。

今までは、ただ「秋っぽくなってきたな」と感じていただけの景色も、「初秋の匂いがする」「秋の声が聴こえてくるみたい」「冬に近づいている風だなあ」と、ちょっとした変化に気づけるようになるんです。
普段の何気ない暮らしのなかでも、ちょっとした変化を受け取り、高い解像度で旬を感じることができる、その合言葉のような存在が、季語だと思います。


俳句は「特別」ではなく「日常」のもの

今回は、自己紹介も兼ねて…ということで、手前味噌なお話になりましたが、ほんのすこしでも俳句を身近に感じてもらえたら、とても嬉しいです。

句具では、アイテムを展開するだけではなく、初心者歓迎のWeb句会「句具句会」や、100人以上の俳句作品を集めた俳句のアンソロジー(俳句集)「句具ネプリ」の発行などを自主企画しています。
俳句の「ことはじめ」は、そういった企画で、オンライン上でいろいろな人とつながりながら楽しむのもおすすめです。


次回からは、季語となるモノやコトを訪ね、俳句をつくり、俳句と文でご紹介していきます。

移りかわる四季の景色や、旬の味はもちろん、今しかない風や光、音や空気感を、少しもとりこぼすことのないように心でキャッチして、それを自分のことばで綴りながら暮らす豊かさを、俳句は教えてくれます。

鑑賞したり、自分でつくってみたりしながら、ここで一緒に楽しんでいけたら嬉しいです。


今日の一句

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試し書きばかり夜長のガラスペン 麻衣子

【季語解説】夜長(よなが)
「夜長」は、秋の夜が長く感じられるという意味。
物理的に夜が一番長いのは冬至のころですが、夏が過ぎて涼しい夜が長くなることを「夜長」と喜び、反対に冬は暖かい昼間が短いことを「日短(ひみじか/冬の季語)」と惜しむ気持ちが込められています。
夜の時間の長さを伝える季語であると同時に、移り変わる季節のなかで感じる、夜に対する気持ちをあらわす季語でもあるのです。


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