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「紙の旬、手刷り活版年賀状」 俳句と暮らす vol.02

いつもの景色が、少しずつ冬めいてきました


11月7日に立冬を迎え、冬に入りました。
私が住む岐阜では、長良川鵜飼が10月15日に閉幕し、川も山も、少しずつ冬支度をはじめているようです。
長良川や金華山にほど近い場所に自宅があるので、橋を通るたびに、川や山の表情から季節の移りかわりを感じています。

いつも見ているこの橋からの景色も、どんどん冬めいてきました。

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毎日当たり前のように見ている景色でも、同じ色をしている日ってないんですよね。

山肌の表情のちょっとした違いや、川面や空の機嫌みたいなものを感じ取りながら、頭のなかに浮かぶ季語をあれこれ引き出して、今日も俳句をつくっています。


長良川の湊町として栄えた、川原町の古い街並み


今日は、岐阜市の「川原町」にやってきました。

長良橋のたもと、鵜飼観覧船の乗船所のあたりから南へ延びる通りに、格子戸のある古い町並みが残っています。

川原町は、江戸時代より長良川の重要な湊町として栄えてきました。
長良川で運ばれてくる木材や美濃和紙の陸揚げが多く、材木屋や紙問屋が多く立ち並んでいたそうです。

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本日の訪問先はこちら。築100年の町家にある「手しごと町家CASA」です。
手前には岐阜和傘のセレクトショップ「和傘CASA」、その奥に小さな印刷工房「ORGAN活版印刷室」があります。
今日はここで、活版印刷の年賀状づくりを開催しているとのことで、お邪魔させてもらうことにしました。

ここ、ORGAN活版印刷室では、昔ながらの印刷道具を使い、昔ながらの手法で活版印刷をしています。
鉛でできた活字を一文字ずつ探し出し、拾い集めて、それを組み合わせて印刷するための「版」を組み立て、それを手動の印刷機で、紙を一枚ずつセットしながら印刷していく方法です。

鉛の活字にインキをつけて圧をかけて刷るため、紙に独特な凹凸が生まれます。
それが活版印刷がもつ“味わい”。
一般的な印刷では出せない、温かみのある風合いです。

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通り土間を抜けていくと、活字棚に囲まれた小さな活版印刷工房があります。
ほのかにインクの匂いが漂う町屋に、ガシャン、ガシャンと印刷機の音が響いていました。


活版印刷で、世界にひとつの年賀状を刷る

毎年大人気の、活版印刷の年賀状ワークショップを主催しているのは、ORGAN活版印刷室の“カッパニスト”、直野香文さん。

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私自身、数年前にここで活版印刷の名刺ワークショップに参加したときに、香文さんに初めてお会いしました。
とにかく底抜けに明るくて、話し上手で、周りをぱあっと明るく照らしてくれる、まさに太陽のようなひとです。

香文さんが手がける活版印刷は、文字圧に独特の品があって、活字のことも紙のこともとても大切にされているんだなあ、というのが作品から伝わってきます。

伝統工芸士が漉く、美濃手漉き和紙

ワークショップの年賀状でつかう紙は、美濃手漉き和紙が25枚、色や質感の違う複数の洋紙(今年は新バフン紙とコットンペーパー)が25枚、計50枚です。

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「美濃和紙」は、岐阜県美濃市で1300年も前からずっと続いている伝統工芸品です。

薄くても強靭、それでいてしなやかな美濃和紙。
まるで赤ちゃんの肌のようなきめの細かさ、光を受けたときの絶妙な白の自然美、手に取ったときに指に柔らかく伝わる紙肌のやさしさ…。
ずっと触っていたくなる、ほれぼれとする美しさです。

美濃和紙の最高峰とされる、特別な手漉き和紙「本美濃紙」は、ユネスコ世界無形文化遺産に「日本の手漉和紙技術」として登録されています。

この世界遺産登録されている「本美濃紙」を漉くことが許されているのは、限られた伝統工芸士だけ。
そのひとりが「幸草紙工房」の加納 武さんという方なのですが、今年の年賀状ワークショップに、なんとその加納さんの手漉き和紙が用意されていました。

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手漉き和紙職人の加納さんが、一枚ずつ丹念に漉いたこの紙。
程よく厚みのある、柔らかな風合いの美濃手漉き和紙です。

香文さんはこの和紙を撫でながら、
「漉くひとの心…というか、性格が紙にそのまま出るんだよね。
加納さんの紙は本当にまっすぐで、ブレのない美しさ。まさに加納さんそのまま!」とほれぼれと語ってくれました。


手漉き和紙の工房で知る、紙の「旬」

少し話が逸れますが、実は二年前に『かみのつくりびと』という冊子にライターとしてかかわらせていただきました。

ある冬の日の取材で、「幸草紙工房」の加納 武さんの工房へお邪魔しました。

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『かみのつくりびと』美濃和紙ブランド価値向上研究会 発行


工房を訪れると、まるでサツマイモを蒸しているような甘くてやさしい匂いが、真っ白な湯気に乗って漂ってきました。
加納さんは薪を焚べながら、大きな釜で楮を煮ているところでした。

その横で、楮の白皮を水に浸す「水晒し」の工程も行われていました。
冬の澄んだ冷たい水に揺られて、楮が生き生きとしているように見えてきます。

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「紙漉き」は、実は冬の季語。

澄んだ寒の水で漉いた紙はネリの効きがよく、「寒漉き」と呼ばれ重宝されてきました。
虫が入ることも少ないため、冬の紙は上質だとされてきたんですね。
また、昔は、良い水に恵まれた集落の農家にとって、紙漉きは冬のあいだの副業だった歴史もあり、「紙漉き」は今も冬の季語として定着しています。

紙に旬があるなんて、私も俳句をはじめるまで知りませんでした。

洋紙が一般的になった現代では、なかなか“紙の旬”を感じることも知ることもありませんが、紙漉きを生業とする伝統工芸士たちは「冬が一番いい紙が漉ける」と口を揃えます。
美濃という地では、太古の昔から今までずっと、紙は冬の風物詩なんですね。

そう考えると、美濃手漉き和紙に活版印刷で手刷りするこの年賀状は、岐阜の冬がぎゅっと詰まった一枚なんだなあ、としみじみ感じます。


活字を一文字ずつ拾っていく「文選」へ


さて、話を活版印刷に戻しまして。
活版印刷ワークショップを引き続き、のぞいていきます。

ワークショップのスタートは、まずそれぞれで年賀状のデザインを決めるところから。
過去のサンプルを見ながら「どんな年賀状にしようかなあ」と、紙に鉛筆でざっくりとレイアウトを書いていきます。

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こちらは、過去の参加者さんの作品です。
かわいくて味のある干支は、ORGAN活版印刷室のオリジナルイラスト。
毎年、このワークショップのために描き下ろし、年賀状用の版を数種類つくってくれています。
好きなイラストを選びながら、配置を決めていくのも楽しいです。


デザインが決まったら、いよいよ活字を拾う「文選」です。

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すごい量の活字…!(これでもほんの一部です)

文字サイズごとに棚に活字が並んでいるので、その中から自分が使う文字を探し出し、左手に持った文選箱に収集していきます。

活字をすべて拾ったら、次は「組版」。
活字を並べて、印刷するための版を組んでいきます。
工房には、版を組むためのいろいろな道具があります。

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「込物(こめもの)」と呼ばれる道具を差し込むことで、字間や行間を調整することができます。

最後の仕上げは、香文さんの職人技!
活字がぽろりと抜け落ちないように、ぎゅぎゅっと版を仕上げてくれます。

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いよいよ、自作の版で手刷りします

版が仕上がったら試し刷りをして、間違いがないか確認。
選んだインキの色味もチェックしたら、いよいよ印刷です!

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こちらは、手フート(テキン)印刷機という、今では入手困難な手刷りの活版印刷機。
紙を一枚ずつ差し込みながら、ハンドルを下に下ろして圧をかけ、一枚ずつじっくりと刷っていきます。

「できた!」と、最初の一枚が刷り上がると、工房は「わああ!」「かわいい〜!」といっせいに盛り上がります。

ガシャン!と刷り上がる、使い込まれた印刷機の金属音。
活版特有の凹凸のある刷り面を、より一層引き立てる柔らかな和紙。
インキが乾き切る前、文字に宿るみずみずしい光沢感。

刷った人にしかわからない、産まれたての印刷の尊さが、一枚、また一枚と増えていきます。ああ、しあわせ。

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年賀状は2回(2版)まで印刷できるので、先にイラストなどを印刷しておき、すこし乾かします。
さらにその上から、違う色で文字などを重ねて印刷すれば完成です!

白い美濃手漉き和紙に刷るゴールドと、朱色の新バフン紙に刷るゴールドは、一味も二味も違う仕上がりです。

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実はこちら、ある参加者さんの作品なのですが、よく見ると左の「ヨロシク」の「シ」が90度回転しています。
これこそ、活字でしかできない “誤植”。
(そもそも誤植の語源は、活版印刷や写真植字で間違った活字を植字してしまうことを指したもの。まさに本物の誤植…!)

なんだか味のあるこの「ヨロシク」、作者を含めその場にいた全員がすっかり気に入ってしまい、90度回転したまま刷ることになりました。
うっかり間違えたことがきっかけでしたが、活版印刷らしい、とてもユニークな年賀状ができ上がりました。

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「年賀状」はどの季節の季語?

「年賀状」って、いかにも季語っぽい、季節感にあふれた言葉ですが、いつの季節の季語として分類されているかというと…。

実は「冬」ではなく「新年」として分類されています。

そもそも季語には季節の区分が5つあります。
俳句をつくるとき、季語の辞書である「歳時記」を引いて季語を調べるのですが、その歳時記は、春・夏・秋・冬に「新年」を加えた5つの季節に分けられているのが一般的です。

新年の季語は、「初日の出」「三が日」「鏡餅」などいかにも新年らしいものが多いですが、実は「漫才」「福引」も新年の季語。
そのほか、「初」が付くおめでたい気分の季語も多く、「書初め」「初夢」など一般的に知られている言葉のほか、「泣初(なきぞめ)」「読初(よみぞめ)」「初電話」なども季語になっています。

意識していないと見過ごしてしまいそうな、日常のちょっとしたことにも、“今年初めての”というめでたい気持ちを俳句に込めていたことが、新年の季語から伝わってきます。

一文字ずつ拾って、一文字ずつ並べて組んで、一枚ずつ刷った、世界に一枚だけ特別な活版印刷の年賀状。
贈る相手の喜ぶ顔を想像しながら、じっくりとつくりあげていくその時間こそが、とても豊かだなあと感じた冬の日でした。


暮らしの一句

暮らしの一句

寅年の父へ敬語の賀状書く 麻衣子

【季語解説】賀状書く(冬)
年が明けて届く「年賀状」や「賀状」は新年の季語ですが、それを用意する「賀状書く」は12月のひとコマなので冬の季語です。年末ごろ、仲冬の季語として分類されています。
年賀状は、懐かしみと親しみを込めて書く、年に一度の礼儀のひとつ。
宛名を書き、その人のことを思い出しながら、言葉を紡いでいく時間です。
年の暮れ、慌ただしくなりがちなときですが、そんなときにふと、心の休息のような懐かしみをくれる、心豊かな時間でもあります。
年賀状一枚一枚に込める書き手の気持ち、相手を懐かしむ思い、やがて来る新しい年への期待が込められている、心のこもった時間を表現できる季語だと感じています。

■ 開催概要
ORGAN活版印刷室 年賀状ワークショップ

会場:ORGAN活版印刷室(手しごと町家CASA)
住所:岐阜県岐阜市湊町29
料金:1名 10,000円(税込)
時間:13〜17時(終了時間が前後する場合があります))
持ち物:エプロン、汚れても良い服装、眼鏡(視力が弱い方は念のためご持参ください)

※開催日とワークショップの空き状況はWebで最新情報をご確認いただき、電話またはメールにてお申込みください(申込先はWebに記載してあります)。 掲載時点で予約終了している場合もありますのでご了承ください。
※年賀状(ポストカード)サイズ、名刺サイズのどちらでも体験できます。
※インキを完全に乾燥させる必要があるため、体験当日はお持ち帰りいただけません。後日宛名面を工房で印刷し、郵送いたします。宛名面には「年賀」の印字がしてありますので、切手を貼って投函すれば通常の年賀状と同じように新年に届きます。
※今後も不定期で名刺&ポストカードのワークショップを開催予定です。最新情報はInstagramで更新しています。

公式サイト http://organkappan.net/
Instagram https://www.instagram.com/organkappan/


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